【三沢新監督よりご挨拶】

東京大学に関わるすべての皆さま
東大フットボールにご関心をお持ち頂けるすべての皆さま

東京大学アメリカンフットボール部の監督に就任した三沢英生でございます。
まず、私が歴史と伝統ある東大フットボールの監督という大役を拝命するにあたり、東京大学について改めて勉強し、そして「東京大学とは何か?」そんなことをとにかく考えてみました。人一倍、母校愛が強いという自覚はありましたが、これほどまでに東京大学のことを考えたことはありませんでした。キャンパスに足を運び、OB・OGや学生と話し、客観的、主観的に東京大学を考え、人々の意見を聞き、そしてまた考える…、そんな日々を数ヶ月の間すごしてまいりました。それらを踏まえ、大変僭越ではございますが、この場をお借りして所信表明をさせていただきたいと思います。

私たちのミッションは「日本一」であり、日本一を目指すにあたってのメソッドは「世界標準」です。その礎として、私は東大フットボールが掲げるべき理念を以下のように定めました。

「未来を切り拓くフットボール」

東京大学の個性とも言えますが、東京大学には明確な「建学の理念」がありません。しかしながらその「建学の目的」は誰もが推して知りうるものとも考えています。創立は1877年、開国直後の混沌とした当時の社会において、欧米に追いつき、追い越すために日本国中から有能な人材が集められ、師弟共々懸命な切磋琢磨を通じて、日本を改革・けん引するための人材育成・輩出を目的に設立されたのは明確な事実であると思います。つまり「未来を切り拓くため」優秀な指導者や学生が集められ、設立されたのが東京大学だったわけです。では、今はどうでしょうか。日本は一見豊かではありますが、グローバル社会において一人当たりGDPの落ち込みが顕著な上、少子高齢化という将来不安により停滞感や閉塞感に覆われているのが現実だと思います。そんな中において、我が東京大学も世界大学ランキングにおいて39位(Times Higher Education 2016-17)に甘んじているのが実情です。

東大フットボールが最高の指導者と最高の環境、そしてこの「未来を切り拓く」という理念のもとに一致団結し、切磋琢磨し、チームそのものが生まれ変わったかのごとく改革が断行される。勉強はもちろん、スポーツもでき、強靭な精神力と共に弱者へいたわりの心を持ち、突き抜けるような爽やかさを持つ若者が次々と輩出される。そんな東大フットボールの未来を夢に描いております。

私事で誠に恐縮ではございますが、私は親戚の殆どが東京大学の卒業生であり、幼少の頃から「大学とは東大」を指すものと真面目にそう思っておりました。東京大学に入学することは当たり前のことだと思い、受験期には1日20時間の勉強をすることも、私にはごくごく当たり前のことでした。しかしながら、いざ東京大学に入学してみると、入学が目的化しているかのような学生が多く、それが故にお互いを必要以上に尊重するような閉塞的な文化がそこにはありました。私自身もその文化にどっぷりと浸かり、より大きな成長のための人格をかけた魂のぶつかり合い、真のプライドをかけた戦いという「青春の特権」のような体験はすることができませんでした。今思えば痛恨の極みです。卒業後、社会人となり、世界の名門校では、同志がどれほど激しく切磋琢磨しているか、個々の卒業生たちが謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けているか、そんな現実をつぶさに見てきました。大変遺憾ではありますが、私には現代における日本の停滞と東京大学の閉塞的なカルチャーが重なって見えておりました。「未来ある後輩たちに、私と同じような思いをさせてはならない。」このことが監督就任を決断した最大の理由です。

東大フットボールの改革が、東京大学の改革につながっていく。そして日本中の大学が後を追うように世界との切磋琢磨に向けた改革を推進する。東大フットボールの改革が日本の大学改革につながり、願わくは、日本全体の改革につながっていく。そのためのミッションとして、ここに大きく胸を張って「日本一」と掲げさせていただきます。私一人の力など、本当に取るに足らないものであることは重々承知しております。しかしながら、まずはこうした壮大な目標を掲げることにより、かつての建学の目的がそうであったように、「日本再建」に向けた懸命な切磋琢磨、学生同士、学生と指導者の魂のぶつけ合いが東大フットボールの新たなカルチャーとなり、飛躍的な成長を遂げる端緒になると信じております。大きすぎる目標を掲げることはリスクでもあります。だからこそ、そのリスクをまずは私が真正面から背負っていく必要があると考えています。

改革に向けたより具体的なチーム方針を以下、3つに定義いたします。

「挑戦」 前人未到に挑み続ける
「正義」 善に立ち、秩序の原点となる
「謙虚」 無知の知を知る

挑戦とは、言い変えると「恥ずかしいこと」です。失敗したくないという現代の東大生気質をぶち破るだけでなく、前人未到に挑戦し続ける逞しさを身につけます。
正義とは、「本当に正しいことは何か」を追求し続けることであり、局所的で利己的な正義が世界を不幸に導いたことは誰も知る事実です。生涯を通じて善に立ち続ける意志と思考力を身につけます。
謙虚とは、自分は「知らないことだらけ、できないことだらけ」であることを知ることです。東京大学に入学したことはゴールではなくスタート地点、東大フットボールでは生涯成長を目指し、他から学び続ける感性と意欲を身につけます。

私は、学生たちがフットボールを通じてこれら「挑戦」「正義」「謙虚」を理解し、体現することで、国費が多く投入されている国立大学生として、責任を背負う器の大きな人格と行動による真の誇りを手にしてほしい、そのように思っております。東大フットボールが、恥も外聞もなく、もがき、苦しみ、魂をぶつけ合い、真の友情を手にし、文字通り自己研鑽の場となること。結果として、公共心に満ちた国家を背負うような、そして世界をけん引するようなそんな「真のエリート」が自律的に育っていく場となること目指したいと思っております。

理念や思いが土台であるとすれば、母屋はあくまでも「どういうフットボールをするか」ということになります。現代のフットボールにおいて「日本一」という目標を標榜する上で、私のような「イチOB」がフットボールの指導者では、逆立ちをしてもこの目標は達成できません。私はあくまでもGM的な動きとしての監督のイメージを持っており、そのために「真のコーチ」を招聘する必要がありました。そんなイメージを形にするにあたり、私には「真のコーチ」は一人の人しか思い浮かびませんでした。それが日本代表を率いた森清之ヘッドコーチです。フットボールのコーチとしての実績、実力は誰もが知るところですが、私ごときが評価するのも甚だ恐縮ではございますが、人格が何よりも素晴らしいことが招聘に当たる最大の理由です。「挑戦」「正義」「謙虚」そして「未来を切り拓くフットボール」をフィールドで表現できる人は日本においては森コーチしかいないと私は思っております。森コーチの招聘にあたり、森コーチご自身はもちろんのこと、数々の人々、OBの方々のご尽力をいただきました。この場をお借りして心から感謝を申し上げさせてください。本当にありがとうございました。

森コーチのほか、ストレングス、メディカル各担当コーチの3人がフルタイムで指導に当たるなど、安全対策にも万全を期す所存です。「死んでも甲子園に行きたい」。かつてはこのようなことを口にする選手もいたかと思いますが、死んで良いはずがありません。東大フットボールのメンバーが真に躍動する舞台は、学生時代より遥かに長い卒業後の社会です。そのための準備期間であるグラウンドの内外では、部員の安全確保を最優先事項として改革に取り組みたいと思います。
部員が日々最大限のパフォーマンスを発揮できるように、部室やグラウンドなど設備の見直しにも着手しています。目指すべき環境も世界基準です。つまり、スポーツをリードする米国の全米大学体育協会(NCAA)強豪校に匹敵するような素晴らしい環境をスポンサー企業の皆さま方と、そして私たちの活動に賛同いただける方々のご支援を賜り、実現したいと思います。いずれは米国の大学のようにキャンパス内に専用のスタジアムを持ち、ホームアンドアウェイ制度を実現、多くの学生やOB・OGの皆様方の応援を背に戦いたい、との夢も抱いています。

東大フットボールがこの夢のような物語を実現し、現役学生を含め、東京大学に関係されている皆さま方、そして既に各分野で活躍されている多くのOB・OGの皆さま方に少しばかりの共感をいただけるよう、尽力するのが私の役割だと思っています。願わくは、皆さまのお持ちになっている東京大学への思いを熱烈なる母校愛に変え、声高らかに東大フットボールを応援いただきたいのです。イエール大学やスタンフォード大学のOB・OGと同じように、胸を張って堂々と「東大愛」を語って欲しいのです。

そして、その共感の波紋は限りなく広がり、東大フットボール、そして東京大学は日本中の方々に力を与えるとともに、愛され、慕われるチーム・大学でありたいとも願っております。その先導役として、東大フットボールはがむしゃらに、外連味なく、強豪校に正々堂々と立ち向かいます。皆さまに「夢」や「勇気」など共感・感動の源泉となる姿をお見せしたいと思っております。ご支援、ご声援、叱咤激励、すべて受け入れる覚悟で、学生と共に頑張ってまいる所存です。

三沢 英生

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